今回は、結婚しても子供が欲しくない人へ向けたお話をします。
※今回の記事は、「物理的に子供を持つことが非常に困難、もしくは不可能」な方についての配慮をしておりません。
私はそういった方々のことを責めたり非難する気持ちは全く持っておりません。
そして、「持てるけれど持たない」選択をされることについても、中立の考えでいるつもりです。
ただ、私が想像できる範囲で、実際に可能性があることをお話ししている中に、過度に読者の心を傷つける場合があるかもしれません。そのことについて先にお詫び申し上げます。
「婚姻」という制度が、愛の証明の為に存在しているものだと認識されつつある現在です。
そうした中で「子供を持たない前提で結婚」することも、市民権を得はじめています。
とはいえ、もしあなたがこの選択をする場合は、さまざまな覚悟をしなければなりません。
その覚悟について、確認していきましょう。
先祖代々続く命の連鎖を、あなたの手で終わらせる覚悟
人は、長くても100年程で死にます。大きな功績を残したり、大変な過ちを犯した人以外は、自分が死んで100年もしないうちに、誰に思い出されることもなくなります。あなたという存在は、この先間違いなく、この世から完全に、消え失せるのです。
けれども、唯一、あなたの欠片をこの世に残す手段があります。それが、子供を産みはぐくむという行為です。あなたが誰かとの間に子供を産めば、あなたの遺伝子がこの世に残り、その子供や子供の子供が存在し続けることで、この世に残り続けます。
あなたが子を持ち育てた場合、命のリレーのバトンを、あなたは責任をもって次世代へと繋げたことにもなります。
あなたが存在するのは、あなたの父と母があなたをこの世に誕生させたからです。
あなたは、あなたの父と母がこの世に生まれた証明であると共に、あなたのご両親が命のバトンを次世代へ繋いだ証明でもあるわけです。
それは、生物学的にみれば、人間としての存在証明であり、一番重要な使命を果たしたという証明に他なりません。
あなたが子供を持たない選択をするということは、あなたが生まれるまで脈々と受け継がれてきた命のバトンを放り投げ、リレーからリタイア、生きとし生けるものの責任を放棄するのと同意義です。
父や母や祖父、曾祖母、他のあなたが生きていることで存在を証明されていた亡き方々もろとも、本当の意味でこの世から消滅させることに繋がります。
とはいえ、「個」として生まれてきたあなたが、「個」として幸せに生きることを願うのもまた必然です。
幸いなことに、あなたは、子供を持たない選択をするのも「比較的自由」とされるご時世に生を受けました。
子孫繁栄のしがらみにとらわれずに生死を全うするのは、あなたの自由です。
ただ、命のリレーを責任を持ってつなげてきたあなたのご両親が、あなたのその選択にあなたが望むような反応をしない、ということは十分に考えられます。
もしあなたが、あなたのご両親に感謝の気持ちや愛情をもち、引き続き良好な関係を続けていきたいと願うなら、ご両親の気持ちを受け留めた上で、関係維持ための努力が必要になるかもしれません。
結婚相手に先立たれた時の覚悟
あなたが婚活の果てに、最愛の人との生活を手に入れられたとしたら、そしてその生活が幸せであれば幸せである程、相手に先立たれた時の精神的ダメージは計り知れないことをご覚悟ください。
小公女セーラというお話をご存知でしょうか。
愛する父親に、贅沢の限りを与えられていたお嬢様の少女が、父親の急死と破産により、一気に落ちぶれてしまうお話です。
彼女は誰よりも優遇を受けていた特別な生徒から一夜にして、汚らしい服をまとって食事もまともに与えられない児童労働者に成り果てます。
実はこのお話しの中には、ベッキーと言う名の、児童労働者が最初から登場しています。
セーラがフリフリのドレスを着て、お姫様のような部屋で過ごしていた間も、彼女は同年代の子の世話をして、穴の開いた屋根裏部屋でねずみと一緒に固いパンをかじっていました。
きっと彼女は物心つく前から貧困な生活をし、まともに教育を受けることなく、親に働きにだされたのでしょう。
冷静に考えれば、彼女こそ、私たちが同情すべき対象であるはずなのに、この物語では、なぜかこれまで贅の限りを尽くしてきたセーラの方が、「可哀想な子」に感じてしまうのです。
これは、幸福感の落差が招く不幸と言えます。
子供を持たず、且つ伴侶との日々があなたにとっての何よりもかけがえのないものとなった場合、伴侶を失った後のあなたの毎日の生活は、もしかしたら生涯独身の方よりも、精神的に苦しいものになるかもしれません。
あなたが外を歩けば、 伴侶や、息子や孫と幸せそうに笑う同年代の人を目にするかもしれません。その時、伴侶との温かな日々を失ったあなたの心が、どのようにざわつくか・・・。
あなたが、自分の子供か養子を持たずに、2人で生きることを選択したら、その日は1/2の確率で将来やって来ます。
子供をもたずとも、相手と幸せになるという覚悟
「子供が欲しい」「欲しくない」
この価値観の差を埋めるのは至難の業です。
あなたの事を「全くタイプじゃない、端にもかからない」と言う相手を、メロメロに惚れさせるくらい難しいです。
絶対に子供が欲しくない方は責任を持って、お相手の必須条件を、「絶対に子供が欲しくない人、もしくは体質的に自然には授かれない人」にしましょう。
また、結婚後に万が一子供が欲しくて仕方なくなっても、それを相手に強要してはならないということを、約束し合っておきましょう。
子供のいない結婚生活の幸不幸は、全て伴侶が握っています。
クッションになる存在も、摩擦になる存在もいません。(どちらかの両親が同居の場合はまた少し別ですが)
勝手に所帯じみてしまいがちな子持ち夫婦と比べると、家族らしくなるのは、簡単ではありません。
そして別れるのは(子供がいる場合と比べると)容易です。
歩み寄りと尊重を大事にし、「相手と2人で一生を全うする覚悟」を持たなければ、結婚生活は長続きしません。
私個人の考えとしては、子供の存在なしに、当人たちの強い絆で固く結ばれた夫婦の形は、最上に麗しいものであると思います。
後世に自身の存在の証を残さずに、最愛の他人と共に終わらせて幸せを思える人生というのは、人間だからこそできる崇高な生き方かもしれません。
子供を持ちたくない方へ―最後に
私はあなたに後悔してほしくありません。ですので今一度自分自身に、「絶対に子供が欲しくない理由」を真摯に問うて欲しいと思います。
それは過去のトラウマだったり、ガチガチに固められた偏見からくる思い込みだったりすることも多いです。
まずは理由を見つけ、自身と同じ立場や考えで、結果的に子供を持った人の経験談などを見聞きすることで、捉え方が変わったり、新たな道の可能性を見出せるかもしれません。
冒頭でも申し上げましたが、外圧的に「子供を持たねばならない」と感じて子供を持つ必要はないと私は思います。
ですが、よく考えずに子供を持たない、育てない選択をして、持てない体質になった時に後悔しても手遅れです。
今のあなたではなく、10年後、20年後のあなたを思い描きながら、選択をして頂きたいと思います。
余談ですが、さかなの場合
私は、もともと子供を持つことに消極的でした。専業主婦のくせに・・・
理由は、自分自身に人としての価値があると思えなかったので、自分に良く似た子供が生まれたらどうしようという不安があったからです。
けれどもやはり専業主婦でしたし、大好きな主人の子は欲しい気持ちもあったので、悩んだ末、子供を生み育てる決意をしました。そしてその矢先、病気になり、自然妊娠できない体になりました。
不妊治療は、物凄くつらかったです。薬の副作用が酷かったのも一つですが、先端恐怖症気味の私にとって、毎日2本の自己注射は、今思い出しても涙が出るほど苦しかったです。
途中、使用済みの注射器を握りしめながら、「もう嫌だ!この先ずっとこんな日々が続くなら、いっそ離婚されて将来孤独死した方がましだ!」と叫びだしたくなった瞬間も正直ありました。
余計な話をしてしまいました。
とにかく、そういった経験から、「結婚したら必ず子供は持つべき」という意見に私は否定的です。
ただ、後悔しないように、そしてあなたの未来の結婚相手に後悔させないように、子を持つか持たないかの意思決定には、慎重を期して頂きたいです。
それでは今回はこの辺で失礼します。
次回は、「子供が欲しいけれど、年齢等の理由により、授かれる自信がない方」へ記事を書きたいと思います。
頑張りましょう!